|
ウエストマニア春の特集コーナー、真の日本男児「J-GREN拳太」が斬り捲る!彼の目に日本のヒップホップシーンはどう映っているのだろうか。果たしてどうやって斬ってくるのだろうか。皆さん、とくとご覧あれ!
バツッと斬らして貰おうか! 心しろっ、ヤローども、これが誠。斬激をいざ!
日本のHIPHOP…。それは、良くも悪くもファッション性の強い、おおかたは、アメリカに張り付いた猿まねのかぶれ文化だ。HIPHOPの根本や本質を理解せず軽視した、うわべだけを真似しているコスプレだ。また、それにすら気付いていないヤカラが横行しているのが現状といえるシーンだ。そして、J-POPに翻弄され、ミーハーが主流になっている中身のないシーンだ。
先に言っとくが、そうじゃない奴も少ないがいる。しっかり自分達のことをやって、地を硬め、オリジナルで勝負しているリスペクト出来るかっこいい奴らだ。誰かとは、ここではあえて言わない。皆が感じ見定め、分かっていかなければいけないことだから。この多様化している世の中、受け取る側もリアルを求められるわけだしな。
俺にとって、HIPHOPとはGANGSTAなところから始まった。中3の時にはじめて買った洋盤のCDがL.L.COOL Jの「MAMA SAID KNOCK YOU OUT」で、その頃にはHIPHOPに触れているのだが、それはジャケ買いした一枚に留まるにすぎなかった。その後、ベニス系のハードコアバンドに強い影響を受けた。奴らの中には、ヒスパニック系や白人系のギャングが多く、ローク、バンダナ、オールバックにネット、ハイソックスにタンクトップ、鍛えた体に刺青。といったスタイルで単純にかっこよかった。「海の向こうの不良達は、こんな表現、こんなやり方、こんな出し方してるんだな」と思った。また、「これだ」という感じがあった。そして俺は、その爽やかでありつつもイカツイかっこよさに惹かれ真似をした。そこには、今までにないスタイルをいち早く取り入れているという優越感(当時は、ホントに情報がなかった)もあった。そして、ハードコアギャングDJとなり針を落としては、公然と許される暴力にも似たモッシュピットをつくり激しく遊んだ。それまでは、ガキの荒ぶる魂を出すとこがヤンキーや暴走族が大半であった時代だ。もとより俺達は、チーマー・愚連隊と呼ばれる、ストリート発のおしゃれに気を使うアウトローであったから、自然とGANG文化がリンクし溶け込んでいった。
そんなある日だった。俺が主催するいつものパーティーで、仲間のブラジル人にHIPHOPの時間を回させていたところ、どこか日本的にも聞こえるシンセが響き、太いビートがハコを揺らした。「おい!それっ!いいじゃんっ!。。。」そう、それがDR.DREのNUTHIN’ BUT A “G” THANGであり、俺のGANGSTA RAPとのファーストコンタクトであった。それから、黒いGANG達を知るのには時間はかからなかった。その音と文化は俺の中に入り込み、感じ、学び、影響していった。そして、気付けば俺の目の前にはGのマイクがあった。ちょうど、ストリートでの不良達の質が荒廃し、日本人の魂が欠落しているのを実感しはじめた頃でもあった。チームの集会で若い奴らに説教する延長(笑)じゃないが、そのマイクを握らずにはいられなくなっていた。もっと広く大きく言いたくて、伝えたくて、変えたくて、戻したかった。そして環境や状況は違えど、黒人達が自分達の事を叫ぶためマイクを握ったように、俺もストリートから自分達のことを叫ぶためにマイクを握った。そして今では、奴らが教えてくれた表現方法であるGANGTA RAPが、俺という人間の一番の出すトコとなった。
しかし、俺にとってHIPHOPやGANGSTA RAPというのは、あくまで、単なる別の国の不良やマイノリティー達が創ったものであり、自分と同じアウトローな種類の人間達が創った文化という認識だ。だから、学んだり、影響されたり、時には真似たりもするが、猿まねはしたくないし、かぶれたくもない。それは、愛しリスペクトするがゆえ当然でもあるし、何よりも自尊心と民族の誇りがあるからだ。ましてや、その向こうのGANGやアウトロー達に、男として、同じアウトローとして、負ける気はさらさらしないし、俺らの方がかっこいいとも思っている。要は奴らに対して、リスペクトできる良きライバルという感覚が根底にはあるのだ。また、今日奴らが成功しているのは、奴らが奴らを出す方法を創り出したからで、俺らは、奴ら黒人でもなければ、ラティーノでもない。そのラティーノ達を見ても、黒人達が創ったHIPHOPにかぶれたわけじゃなく、そのHIPHOPというアイコンを使って自分達を表現したから認められ成功したのだ。無論、俺ら日本人にもかっこいいものが沢山ある。だからそれを表現すればいいのであって、基本は、向こうっぽくとか、何々っぽくとかする必要は全くないのだ。
RAPで例えるならば美しい日本語を生かし、自分達の文化や持ち味を生かしたものを出せばいい。それをやってはじめて、日本のノリやバイブスが生まれるわけで、それがリアルでありホントのHIPHOPだ。日本人は器用で何でもすぐ出来てしまう。それも一つの持ち味だが、質を、中身を、本質を見失っては絶対にいけない。マネは、所詮真似でしかない。ジャパニーズウェッサイとかジャパニーズチカーノとか、それはそれでファッションだし、日本ならではいいのだが、コスプレのかぶれ文化でありHIPHOPではない。ホントに愛し理解するということは、本質を大切にすることであり、かぶれ文化から成長していくものであろう。今の俺達のHIPHOPシーンは、もっとクリエイトして自分達を、日本を出すべきなのだ。でなければ一生、奴らアメリカに勝つことはおろか、並ぶことさえできない。奴らからしても「よくできました」か「そんなに憧れてくれてありがとう」止まりだ。コバンザメが鮫になることはない。また、HIPHOPという素晴らしい文化の恩恵に対して少しでも感謝するのであれば、HIPHOPを教えてくれた恩師であり先輩でありライバルである奴らに、アメリカに、俺ら日本人のとてつもない歴史の上にあるヤバイ文化をにじませて、昇華させたHIPHOPを返してやるのが筋だと思う。そしてそれが、シーンをでかくするということでもあると俺は思う。
野球は、ベースボールという野球であって、ベースボールや大リーグのかぶれ文化じゃない。アメリカの良いとこは吸収し、自分達の、日本の、日本人のスポーツとして育った。それが、本家のベースボール・アメリカを席巻し、時間はかかったが目指していた奴らを認めさせた。そのことによりまたシーンは大きくなるのだ。もともと体や骨格の小さい日本人が剛の欧米人に対して、まったく同じ剛で勝負すれば勝てる確立は下がる。しかし、自分達なりの剛や柔で勝負したらどうであろう。硬いものには鋭く。重いものには素早く。押す力には引く力。大にはあえて小。また、自分にしかないもの、相手にないもの、それが大事なのではないのだろうか。
残念なことに今の俺らの業界は、そういう見地からは程遠いところにいる。目先の金と名声を追っかける、無責任で自分勝手なミーハーかぶれ文化万歳合戦に近い。何より、痛いぐらいにその認識がない。そこに義も心もありゃしない。これ以上、貧弱で誠のないシーン同様、そんな民族にならぬよう、俺はこの道を行く、ヤマトダマを仕込んで。
|